大阪高等裁判所 平成9年(う)344号 判決 1997年11月05日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人竹下義樹作成の控訴趣意書及び同補充書(但し第四項を除く。)に、これに対する答弁は、検察官青木捷一郎作成の答弁書及び意見書に、それぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。
第一 控訴趣意のうち、法令違反の主張について
論旨は、要するに、原判決は、京都市風紀取締条例(昭和二七年京都市条例第一一号、同年七月一日施行。以下「本条例」ともいう。)三条を適用して、被告人を拘留一〇日に処したが、同条は、無効であるか既に失効しているものであり、仮にそうでないとしても、同条を適用して拘留刑を言渡すことは憲法三一条に反するから、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。
一 罪刑法定主義違反の主張について
1 所論は、本条例三条は、平成三年法律第三一号「罰金の額等の引上げのための刑法等の一部を改正する法律」の制定に伴う刑法の改正により、罰金刑を定めた部分は刑法一五条に抵触して失効し、拘留刑のみが法定刑として存続することになったが、拘留刑のみが罰則として残る本条例三条を適用し処断することは、(1)犯情を考慮し財産刑を選択して処断する途を奪い、常に身体刑として拘留刑となってしまうこと、(2)拘留刑には執行猶予がなく常に身体の自由が奪われる結果となること、(3)罰金刑が効力を失ったにもかかわらず、それより軽いとされる拘留刑が存続すること自体立法者の意思に反するなど、罪と刑の均衡を欠くものであり、適正手続の保障を定めた憲法三一条に反するので、本条例三条は無効ないし失効していると解すべきである、仮に無効ないし失効していないとしても、これを適用することは、罪刑の均衡を欠き罪刑法定主義に反する、と主張する。
そこで検討するに、本条例三条は、売いん目的で他人の身辺につきまとうなどして相手方を勧誘した者は、「五〇〇〇円以下の罰金または拘留に処する。」と規定しているところ、所論の平成三年法律第三一号による刑法の改正により、罰金の寡額が一万円以上とされる(刑法一五条本文)と共に、条例の罰則に関する右法律の二条及び経過規定である付則二項前段により、本条例三条の罰則のうち、刑法一五条の規定に抵触する「五〇〇〇円以下の罰金」とする部分については、右法律第三一号の施行(平成三年五月七日)から一年を経過した時点で効力を失うことになったが、選択刑として規定されている「拘留」を定めた部分は、なお現在も罰則としての効力を有するものと解すべきである。そして、本条例は、比較的軽微な事件である性交類似行為を目的とする勧誘行為のみを処罰の対象とし、「五〇〇〇円以下の罰金または拘留」とされていたものであるところ、これが右刑法の改正に伴い、刑法一〇条により拘留刑より重いとされる罰金刑が失効し、拘留刑で処罰する規定となったに過ぎないのであって、このような規定のまま存続させることは、所論指摘の(1)(2)の結果となるとしても、それは立法裁量の範囲内のことと言うべきである。現に、関係証拠によると、京都市当局においては、前記刑法の改正に伴い、一年間の経過措置期間の経過により、本条例三条の規定のうち罰金刑が失効することに伴う問題点を前後措置を含めて検討し、結局制定当初の規定のまま存続させることにした経緯が窮われる。
以上の次第で、本条例三条を適用して被告人を処断した原判決には、所論のいう違憲・違法はなく、また罪と刑の均衡を欠くものでもなく、所論は、結局、立法裁量に属する事項を論難することに帰し、失当である。
2 所論は、本条例三条の文言のうち、「売いん」の概念、とりわけ「売いん」の定義規定である二条にいう「性交類似行為」の概念が、いかなる行為をもってこれに当たるとするのかきわめて不明確であり、しかも、右三条は、この「性交類似行為」の未遂形態を処罰対象とし、また目的という主観的要素を取り込んでおり、構成要件を極めて主観的かつ不明確にしているのであって、罪刑法定主義に反し無効である、と主張する。
しかし、本条例各規定の趣旨及びその文理等に照らし、本条例三条にいう「性交類似行為」とは、性交を模し連想させる姿態での行為(男色行為を含む。)であって、通常の判断能力を有する一般人の理解において、当該行為が処罰対象となるかどうかの判断を容易にすることができるものであるから、これが不明確であると言えないことは判例(最高裁大法廷昭和五〇年九月一〇日判決・刑集二九巻八号四八九頁、最高裁大法廷昭和六〇年一〇月二三日判決・刑集三九巻六号四一三頁)の趣旨に照らして明らかである。所論は、その前提を欠き失当である。
二 売春防止法との関係での主張について
所論は、本条例三条は、売春防止法五条と同一行為を処罰の対象とするものと解されるから、売春防止法付則四項の規定により、同法の施行に伴い失効したものである、と主張する。
しかし、右付則の条項により失効するのは、売春及び売春助長行為に関する処罰規定であり、売春防止法にいう「売春」の中には「性交類似行為」は含まれないから、本条例三条にいう「性交類似行為」に関する規定は、同法の施行により何らの影響を受けることなく同法施行後も有効に存続するものである。右所論も失当である。
第二 その他の所論は、独自の見解を前提とするものであって、いずれも失当である。
よって、刑訴法三九六条により、主文のとおり判決する。